unlearner’s blog

30代半ばの留学したい話

大学院決めました

大学院からは合格をいただいていましたが資金調達が先日まで続いておりました。結果は残念で、少ない貯金を使って留学に行きます。


奨学金応募のプロセスで思ったことがあるのでその件は後日。また自分語りですが。


行き先はオーストラリアのサンシャインコースト大学です。ソーシャルワークの大学院課程で一番バランスがいいのがオーストラリアだな、と思い、他にモナッシュ大学とクイーンズランド工科大学にも出願していましたが、一番安いサンシャインコースト大に決めました。


まぁ国境が開くのか?開かないのか?という微妙なところなのでシラッと様子を見ながら必要な準備を進めたいと思います。

推しビト - Kon Karapanagiotidisはん

先日、オーストラリア関連の、私が推すコンテンツをご紹介しました。

 

今日はオーストラリアのご存命の人物、Kon Karapanagiotidis(コン・カラパナヒオティディス)氏をご紹介します!

 

Konさんはオーストラリア・メルボルンでAsylum Seeker Resource Centre(ASRC、直訳すると「庇護希望者のための資源センター」)を立ち上げ、CEOとして最前線に立っている経営者・実践者です。ソーシャルワーカーであり人権弁護士でもあります。

 

彼のことはInstagramで知りました。検索画面でランダムに表示された動画か写真を見てクリックしてみたのが彼の投稿だったのだと思います。

 

よく見てみるとメルボルンの方で、「ギリシャからの移民だった両親は貧しいながらも自分を人権弁護士に育て上げてくれた」というような内容を話していたように思います。

当時、ソーシャルワーカーになるために留学するという決意を固めつつあった段階なので、人権弁護士という仕事をされている彼の投稿は参考になると思いフォローすることになりました。

 

Asylum Seekersというのは難民となることを望んでいる人々のことで、難民認定されるとRefugeesになります。認定された人だけがRefugeeと呼ばれますが、実際は認定されていなくても保護されるべき人々が多くいるため、そういう状況にある人々も支援するためのサポートをしているのがKonさんが立ち上げたASRCです。

 

彼の語り口はとても柔らかく心地がいいです。英語学習をされたい方は是非!語っている内容は難民や庇護希望者が直面している困難、人種差別や女性への暴力、アボリジナルな方々への待遇に対する批判、弱い立場の人々に寄り添わない政府・政策への批判、ASRCへの寄付の呼びかけや活動紹介、そして美味しそうなギリシャ料理の紹介、などなど。

 

熱い彼の語りを日々Instagramで聞いているうちに、「この人の背景を知りたいぞ・・・」と好奇心を掻き立てられ、まずYouTubeを検索。

人生に影響を受けた本として、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏の著書を紹介している動画を見つけました。

 

ここでKon氏が言っている「僕はティーンの時から毛むくじゃらで、当時の僕が街中を歩いているのをナショジオが見つけたら『ついにイエティを見つけたぞ!』と大興奮したことだろう」というギャグに私はハートを射抜かれました・・・。

 

何だこの人、頭がよくて人を支援する優しさを持ちながら自分の毛深さをネタにするとは、かなりのやり手だ!!

 

と、推しを見つけた瞬間でした。

 

そしてもっと興味が出たので、彼の著書『The Power of Hope』を購入し、読み進めました。

 

もう、これが!推し推し!!

Kon氏は移民の子として、周りのアングロサクソン系のオーストラリア人とは異なる存在であることを常に意識しながら学校で馴染めず、親、さらには親の先祖のトラウマにも影響を受け、愛されることが叶わないことを呪い、鏡を見て「コン、お前は本当に無価値のくそ野郎だ」、「誰にも愛されない醜い生き物め、と絶望する」と自分に語り掛けるという辛い辛い日々を送っていたと綴ります。

 

え!私も一緒!!!(←自分の話やたらする奴)

 

何度か書いていますが私の特徴は思考が非常に暗いことで、私も鏡を見て「こんなブス、誰も愛してくれない~!」と泣いたことがあります(最近はブスである自分を受け入れてますし、フィリピンのお陰でまぁブスでもないかもしれない?と思えるようになっています)。

 

Kon氏は毛深くシャイで女の子に振り向いてもらえないというのをすごく本の中で詳細に強調していて、「こんなに素晴らしい活動をしている人でも恋愛が上手くいかないと悩むもんなんやな~」と同じく非モテな(一方で素晴らしい活動をしていない)私の心を溶かします。

 

そんなKon氏は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏の著書『Strength to Love』(まさに、愛する強さ)を読んで、世界を憎む代わりに愛を与えよう、と思考を変えていくのです。

(I)f the world doesn’t want to love me, then maybe I can still give love back to it. My thinking was that this would then mean love would meet me halfway.
(もし世界が僕のことを愛してくれないのなら、代わりに僕が世界のことを愛してみよう。そうすることで、愛も僕に歩み寄ってくれるんじゃないかな、と考えた)
(W)e can’t build a better world unless we’re also building ourselves up, loving ourselves, cutting ourselves some slack.
(自分たちのことをまず作り上げ、愛し、赦すということをしないと、世界をいい場所に作り上げることはできない)

Source: Kon Karapanagiotidis. (2018). The Power of Hope.

 

本当に、これに尽きますね。私はこの度の選挙結果を受けて市民社会に対して混乱するばかりで、荒れまくっていました(≒夫に当たりまくっていた)が。逆境に置かれる時にこそ、愛を与えるということですね。すごく難しいけど、キング牧師とKon氏がやっているなら、私もやりたい。

 

そしてKon氏にとって、難しい立場にある人たちとの関わりこそが自分の居場所になった、という経験は私にとっても同じです。私はずっと自分のことをいじめ続けてきましたが、国際協力という今の仕事に携わるようになって初めて自分を赦すことができました。そして、これからも自分を赦すためには、ソーシャルワークが必要なのだと思っています。そしてソーシャルワーカーになれた暁には、ボランティアでも、彼と働くというのが私の現在の夢です。

 

余談ですが彼の苗字が長くて、これ言えないと私ファン失格やな、、、と思っていましたが、ついにソラで言えるようになりました。苗字に関してはKon氏本人も「スミスとかいう苗字が多い中で、長い名前を馬鹿にして『ミスター・アルファベット』と呼ぶ同級生もいた」と著書の中で書いていました。これを見て、他人の苗字を言えないなんて文化的な侮辱だな、と反省したのでした。

 

というわけで、日本の人にもKon氏のことを知ってもらいたいと思い、記事にしてみました。全ての情報は英語ですが、ASRCは政府の助成を受けずに寄付で成り立っているそうなので、是非ウェブサイトを見て、寄付もしてみて下さい!

 

(ちなみにメルボルンに住む知人が「Kon、いい仕事してるよね~」と連絡をくれました。大学で彼のスピーチを聞いたそうです。いいなぁ~)

 

最後に、難民や庇護希望者の支援について。

 

オーストラリアはかつて移民を多く受け入れていたことがあり、日本に比べればマルチカルチャー社会だと言われていますが、移民にとってウハウハな受入態勢が整っているとは言いにくいです。最近は移民への嫌悪感を市民・政府ともに抱いているようなヘイト事件や政策が散見されます。

 

特に難民・庇護希望者については、「国にとって有益かどうか」という視点で移民政策を定める風潮の中、厳しい状況が続いており、ASRCもキャンペーンと政策への働きかけを展開しています。国に帰ったら命の危険があるような人々を収容して強制送還しようとしたり、アフガニスタンからの入国希望者の人数制限が厳しかったり。

 

それは日本でも同じ、というか日本は世界の中でも最悪な移民受入国だなと思うのです。「有益かどうか」基準で判断し、外国からわざわざ日本に来てもらっておきながら、入国すれば「犯罪者予備軍」として見なすような待遇。少しでも怪しいと思ったら必要がなくても長期収容です。

 

難民・庇護希望者に至ってはまず受け入れない。だから社会に彼らがまず入ってくるようになって初めて、ASRCのような支援が意味のあるものになるのだと思います。というわけで、難民支援協会(JAR)さん開催の難民アシスタント養成講座を先週土曜日と明日の2日間、受講しています。

 

日本ではどういう感じなのかをまず学んで、JARさんのキャンペーンになるべく参画して、難民の方々も、入国管理に関して何らかの課題を抱える人々も、安心して暮らせる社会の実現を目指したいものです。

 

この記事は下記のnoteからの転載です。

note.com

2021年の目標を達成した気がする≒Activism It Is

先日まで「さく:全体的に暗い」という名前で投稿していたのですが、振り返ると「全体的に暗い」は要らない気がしてきたので暫定的に「さく」という名前に変えました。(ぱっと見「くさ(臭)」に見える)

 

そもそもは「全体的に暗い」という名乗っていたヤバい奴なのですが、それには理由がありまして。

 

先日の記事でも申し上げましたが、noteでは自分「だけ」が知っている物事を自分「だけ」の発信で伝える媒体だと思っています。では私だけが発信できるのって何?と考えた時に、「私は私のことしか考えていなくて、私の思考にすごく詳しい。その考えのユニークさを発信すればいいのではないか」と思ったのです。

 

何しろ自分にしか興味がなくて、過去数年、ずーっと「何で私はこう考えるのだろう?あの人のあの発言をどうしてこういう風に受け止めたのだろう?あの出来事は私にこういう影響をもたらして…私って何・・・?」と悶々考える期間があったのです。しかもその内容が結構暗い。ひたすら暗いので、「全体的に暗い」をテーマにnoteを開始したのです。

 

そしてコメント欄でのやり取りで親切な方が「何とお呼びしたらいいんですか?」と聞いて下さり、確かに「全体的に暗いさん」って呼びにくいな、と思い、本名に近い「さく」を加えました。

 

そこで今回の投稿のタイトルですが、今年の目標は「自分以外に興味を持つ」だったのですね。自分にしか詳しくないってキモ。と思い、自分以外のことに詳しくなってみたいという気持ちがありました。同時にソーシャルワークにも興味を持っていたので、今年の学びのテーマはソーシャルワークで決まり。まぁ人に発信できるほどソーシャルワークには詳しくないので、大学院に行けることを願うばかりですが(奨学金の結果はまだ)。

 

で、ソーシャルワークという分野も深く広いため、本を数冊読んだくらいでは全然マスターできないのですが、十分自分以外に興味を持つようになりました。しかし世の中に興味を持つと、苦しいことばかり。「相手を変えようとするのではなく自分がまず変わろう」レベルではなく、「社会を変えないとこの理不尽は永遠にのさばる…!」という危機感と、ソーシャルワークの学びがつながり、メラメラ燃えています。

 

TwitterでもYouTubeでも、Facebookでもあちこちにメラメラ要素は散らばっています。それをソーシャルワーカーの仕事と絡めているのが

 

脱『いい子』のソーシャルワーク 反抑圧的な実践と理論」。

 

Anti-oppressive Practice (of social work、AOP)について取り上げ、下手な概要を言うと「ソーシャルワーカーって行政トップの言うこと聞く『いい子ちゃん』でなくてもいい、逆におかしいことにおかしいと言えるようになろう」と呼びかけている本です。

 

確かに私が最初にソーシャルワークについて学んだ時、ソーシャルワークの「グローバル定義」って、学び始める前に持っていた「いい子ちゃん」系の印象と真反対やな~と思いました。行政の指針、社会に対してものを言っていい、そうやって変化をもたらすのがソーシャルワーカーだ、という考え方はメラメラ燃えている私にとってとても都合のいいもので、詳しく知りたいと思いました。

 

そこでAOPを詳しく取り上げた「Doing Anti-Oppressive Practice -Social Justice Social Work-」も読みました。結構時間が掛かりましたが…主に北米(特にカナダ)の事例が取り上げられていたので、これの各国版があるといいなと思います。「脱『いい子』~」はそういう位置づけの日本版なのかな?(出張中で手元に本がないので確認できないですが…)理論も大切なのはわかりますが私はケーススタディの方が頭に入ってくるので、実践としてAOPがどう展開されるかの事例がたくさん含まれているのは非常にわかりやすかったです。

 

「Doing Anti-Oppressive Practice~」では最後の方にアクティビズムについて書かれています。確かに日々の業務に追われて、抑圧に対して行動を起こすのは難しいだろう、でも結局は個々人がレジスタンス(抵抗)の責任を持つのだ、と。

"Some measure of empowerment allowed us to move from a position of being in struggle to a position of being able to and wanting to contribute and change conditions, not just for ourselves, but for a group, a community or our world." (pp. 356 - 357)
(私の訳)エンパワメントによって私たちは、「苦しむ立場」から「自分たちだけでなく集団やコミュニティ、または世界のために状況を変えることができる立場、また変えたいと思える立場」にシフトすることができた。

参考文献
Benjamin, A. (2017). Doing Anti-Oppressive Social Work The Importance of Resistance, History and Strategy. In Baines, D. Doing Anti-Oppressive Practice Social Justice Social Work. (pp. 351 - 359). 

 

(参考文献の書き方はこれで合っているのか?Educate me...! Let me in a grad school by funding me!!!笑)

 

「まずはできるところから」「変えるのはまず自分」というのは基本だけど(行き過ぎた自己責任論とは別次元)、自分を変えさせられるだけではただの理不尽、ということも往々にしてあります。1人1人が危機感と「抑圧」に立ち向かうという覚悟を以て、仲間を見つけて集団的に社会に呼びかけて変革をもたらそう、という、当たり前のようですごく難しい考え方は、今この時代にすごく必要で、やるべきことなのだと私のハートがファイヤーしています。

 

ちなみに「抑圧」は「生きづらいと思わされる違和感」をも含むそうです。気候危機によってもたらされる苦しみも抑圧、人権侵害という考え方も当然になってきていて、これまで言い出しにくかった心地の悪さ、例えば不動産会社に部屋の内覧で「キッチンをよく使うのは奥様なので」というセリフを言われてはらわた煮える体験(実体験、しかも数回。こういう社員は研修受けるべき)でも、抵抗していいのです。

 

まぁ私がこれを実践につなげられるようになるには時間が掛かりますが、絶対これを生涯のミッションにするぞ。と、元・全体的に暗い私は考えております。

 

それにしても大学院に行くか行かないかで今後のnoteの方向性が変わりそうなので落ち着かないですがしばらくは「さく」と名乗ります。

 

この記事は下記のnoteからの転載です。

note.com

 

名前は姓も入れて「さくしゅ」にしました。

 

あと小ネタですが、「脱『いい子』のソーシャルワーク」では「Doing Anti-Oppressive Social Work~」の筆者ベインズ(Baines)氏の名前をBainsと書いているのに気付いてショックでした。それやったらバインズさんやで…。

 

 

オーストラリアについて調べる時によかったリソース

私はオーストラリアにワーホリで10か月くらい住んでいたことがあるのですが、特に何もオーストラリアについて学ぶことはしていませんでした。

 

語学学校すら行かず(お金ないし、英語学ぶのにお金を払いたくなかったし)、日本語が通じるバイトして日本人がいっぱいいるシェアハウスに住んで、日本人としかつるまなかったといっても過言ではありません。

 

まぁそもそも友人を「作る」というのが昔から無理で、「ワーホリしたんだし色んな場所の人と交流するぞ★」みたいな飲み会とかランゲージエクスチェンジから逃げていたので、バックグラウンド関係なく全体的に交友範囲は狭かったのですが。

 

(WWOOF:World Wide Opportunities on Organic Farmsという、オーガニック農家のファームステイは数か月しました。そこでも日本人多かったなぁ~その話はまたどこかで。)

 

オーストラリアに何万年と住んできたアボリジナルな人々やトレス海峡諸島民(英語圏ではアボリジニという呼び方は差別的ということで、First Nations Peoplesとここでは呼びます)について関心も関わることもなかったのですが、今悔やんでCourseraで学んだり本を読んだりしています。

 

 

これはシドニー大学が提供するコースなのでシドニー圏(Eoraという総称の人々がいた。その下に更に細かく部族が分かれていた)の文化の話ですが、いつか他の土地のコースも展開されるといいな、と思います。日本語字幕もいつかつくといいですね(他人事)。

 

本は、下記4つ。

アボリジナルであること-オーストラリアにおけるFirst Nations Peoplesへの教育について、特に滅びゆく言語を継続するための取り組みの紹介をしています。

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民文化人類学者である著者がFirst Nations Peoplesについて調査したいけど、なかなか「あなたたちを調査させて下さいな」と言い出しにくくてモジモジしてしまう。でも地元の方々が少しずつ心を開いてくれて、色々教えてくれました、という流れで展開されています。丁寧なインタビューで、First Nations Peoplesが直面してきた苦しみを個人の体験として捉えられるようになります。

 

 

アボリジニーの国 オーストラリア先住民の中で-もうこれすごい!好き!(リンクは他の方が書かれた書評です。この書評については読んでいません)

 

当時あまり日本から来たオーストラリア在住者はいなかったはずですが、著者の中野不二男氏はFirst Nations Peoplesとは関係のない仕事でシドニーに住んでおられたところ、彼らの存在について疑問に思うところがあり、少しずつ距離を縮めて、いつしか国からお金をもらってFirst Nations Peoplesのコミュニティに関する調査を進めるようになって…という展開がもう、「え?この人FBI!?」って疑いたくなるようなものなのです。

 

もちろんFirst Nations Peoplesが当時直面していた問題について捉えているという点は上橋菜穂子氏と同様ですが、それに加え魅力的なのが、中野氏が「何もわからない」という状況からどんどん「すごく知っている」人になっていく過程です。すごく親しみやすく、相手をリスペクトする性格をお持ちなのだろうな、と羨ましくなるとともに、「今のオーストラリアは日本から来た人にお金を出してFirst Nations Peoplesに関する調査をさせてくれるのか?」という時代背景のエキサイティングさに目が釘付けになります。

 

これは中野氏の他の著書

カウラの突撃ラッパ 零戦パイロットはなぜ死んだか-にも共通するもので、彼のFBIっぷりが素晴らしく、この本を高く評価しているオーストラリア在住日本人の方もブログで紹介していたり、実際に中野氏は受賞されたりしています。上述のブログ記事で「あぁ~日本人…!っていう結末」と紹介されていた意味が、本当に最後の最後でわかるのです。鳥肌もの!

 

というわけで中野氏のどんどん調査する姿勢と少しずつ事実が明らかになる様子にハマり、また「オーストラリアにいる日本人」の根源とも言えるブルーム(Broome、西オーストラリア州)の真珠貝採りダイバーとFirst Nations Peoples、その他色んな人種や文化の共存について探るべく、

マリーとマサトラ 日本人ダイバーとアボリジニーの妻-も読みました。もうあまり流通していないみたいで、私も古書を結構探しました。今のブルームはどんな感じなのでしょう。First Nations Peoples、ホワイト、中国、日本、フィリピン、マレーシア、インドネシアの人々が色々混ざっているかと思えば差別というか分断もあって、という複雑な時代に、共に生きることを決めて家庭を築いたマリーさんとマサトラさん。

 

(関係ないですが「毛唐さん」というのは欧米人への差別用語らしく、文中に時折出てくるのですがその意味がわからず「毛唐さんっていう日本人が地主として色々意地悪してるんやな💦」とか思っていました。毛唐さん、なかなか本人登場しないから何?と思って調べたら白系オーストラリア人のことを指していたようです。)

 

最後に、動画では

がすごく示唆に富むものでした。何でこんな大作を無料で公開しているんでしょう?

 

実は、私がオーストラリアに行ったのは、仲の良かった友達に誘われて気軽にhave funしよう、という動機だったのですが。その友達はオーストラリアに長く住んでいて、色んな情報を私に教えてくれました。両替はあそこがいいよ、このお店はお得だよ、などなど。その中でFirst Nations Peoplesについて彼女が私に「教えてくれた」のは「お金ちょうだい、と寄って来られるから、あまり近づかない方がいいよ」でした。

 

私は色んな国に行き、顔も肌の色も文化も言語も違う人と知り合い、彼らから学び、彼らと対等に日本人として生きる道を探ってきたはずなのに、この時はFirst Nations Peoplesのことを「知らない」から、「知っている」友人の言葉を信じて、恐怖を抱いてしまったのです。今振り返ると恥。恥、恥!

 

最後に紹介した動画では、暗い道でFirst Nations Peoplesの子ども達がたむろしているシーンが出てきます。友達から「近づかない方がいいよ」と言われた時の私がこのシーンを見たら、怖いという印象を抱いていたかもしれません。でも動画を冒頭から見続けて、彼らの人生の主役として立ち居振る舞いする彼らを見たら、「あ~家に帰ってるねんな」で終わるのです。

 

私がソーシャルワークを学びたいのは、ソーシャルワークというレンズを通して世の中を見ると、自分がどんどんマシになっていく感覚があるからです。そしてマシになるためにはソーシャルワークを追求する以外にも、「知る」ことがすごく重要だと実感しています。

 

上橋菜穂子さんが文化人類学者としてFirst Nations Peoplesのことを「調査」することは気が引けた、というのはよくわかりますが、私はこうした方々の解釈を通じてFirst Nations Peoplesのことを少しずつ知り、知ることで自分の中にある最低な差別を払しょくするための努力を絶やさず生きていこうと思います。

 

まぁでも本当に、人間を調査の「対象」とすることって本当に難しいですよね。できれば調査や記事のネタにするためでなく、何かしらのきっかけで知るようになり、それを広めることで世の中の偏見が少なくなる、という流れがいいように思います。(ワーホリしてまで引きこもっていたネクラが言う)

 

っていう話でした。

 

この記事は下記のnoteからの転載です。

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フィリピンで自己肯定感爆上げ

私は頭が悪い上に見た目は「世間がなりたくない姿No.1のパーツを集めた」感じ(顔でか、頬骨出てて顎が大きい、目は腫れぼったく、鼻は上を向き唇の色は白、首がなくてデブでお尻がなくて脚が短い。さらにデコが広くてほぼハゲ)の生き物で、性格もひんまがってて暗くて「生きててごめんなさい」と思う系の人間なんですが(笑)。

 

フィリピンで働いていた時に「イエーイ アイアムプリティ!人生最高!生きてていいよ、私!」と思えるようになりました。別に「フィリピンに行け」とは言わないし(というか最近英語留学する人がすごく増えたので私が勧めるまでもない)、ただの出来事の振り返りです。

アイアムプリティ

 

フィリピンの人、すごーく褒めてくれるんです!!「素敵な服ね」、「今日も美しいね」、などなど。もちろん人によりますが、「この人、私と話せて嬉しいんだろうな」とめちゃくちゃ強く感じることもよくあります。

 

要因の1つ(あくまで仮説です)は「Due to colonization(植民地だったから)」(私が入院した時の担当ナースの言葉。夜中にナースの集団が何回も部屋にやって来ては「外国人だ」「何人?」「日本らしい」とボソボソ話し合って出ていくことについて「何で!?」と聞いた時の返事)…。フィリピンはスペインとアメリカ、日本に植民地化・統治されていた歴史が長く、「外国人は素敵」という意識が根付いているとのこと。

 

確かにフィリピンで「美人」の定義は色が白く髪の毛がストレート、というものらしく(最近は変わってきていると思います)、芸能人やミスユニバースなどのコンテストでフィリピン代表になる人はミックスが多いです。スペイン系の先祖を持つ人もいますし、フィリピン人が世界進出しているから国際カップルが増えミックスが多いというのもあると思われますが。

 

私のような見た目でも「外国人だから」「色が白いから」という理由で「美人」にカテゴリーしてもらえて何とラッキーなのでしょう。私はフィリピンの人の健康的で茶色いすべすべのお肌が羨ましいですが。「私ってブスやし…」みたいな卑屈を言うと(←まず言うなよ…)「何言ってんの!あなた超美しいわよ!!!」と励ましてもらったり、現地の人に話しかけた時に口角めっちゃ上がって瞳孔開いてる?様子から「この人、私と話せて嬉しいんだろうな」と感じられたりすると、何だか日本にいた時に「私ってブス過ぎて人と目が合うのかな…それともサトラレ…?」と世間に対して背を向けたくなっていた自分が救われます。いや、キモ過ぎて瞳孔開いてんのかな…?

 

もう1つの要因は、フィリピン人は自分の愛し方を知っている、ということ。

 

見た目がどんなんだろうとそれをイジる人がいないからか、二重アゴ、鼻毛爆生えとかでも自分の姿が大好きでいつも自撮り🤳!会議中も「会議に出てる、俺。」みたいな自撮りが展開。鏡を永遠に眺めてられる❤️、みたいな人が多いです。だから私のように「私なんてキモくて顔デカくて脚が短くて…デュフフ」とか言い出す人が信じられないらしくて、「自分を受け止め抱きしめようよ」という意味で褒めてくれることが多かったのかもしれません。

人生最高

 

これは本当、フィリピン駐在をして1年近く経ったある日突然ふと思ったことです。

 

人生最高。

 

夢だった仕事に就けて、やりがい充分、英語で仕事するという中学の時からの願望も叶い(現地の言葉はマスターできず…まず英語から、ね)、週末には自然豊かな山奥に徒歩で行く、そして何より楽しく過ごせる友人がたくさんいる。

 

全て揃って初めて私は「あぁ、自分に生きる許可を出してあげよう。生きてて申し訳ないなんて思わなくていいよ、と自分を許してあげよう」と思ったのです。

 

もちろん仕事も友人も英語能力も遊びも、周りの支えと、それらを得る上での障害がなかったという幸運によるものです。当時はそこまで世界を見渡せず、自分の人生って最高、とただ思っただけですが。

 

これらの経験はフィリピンに行っていないと感じられないものでした。もちろんフィリピンに住むことで辛くなった経験はモリモリありますし、フィリピンにいた自分の愚かな振舞いや発言を思い出して恥ずかしくなることも多々あります。でもやっぱりフィリピンは自分にとってすごく大切な場所で、私に居場所があるということを感じさせてくれた恩は一生かけて返したいと思っています。

 

というまとまりのない話でした!

 

さらにまとまりのない話をすると、きっとアフガニスタンが私にとってのフィリピンのような場所だ、と思っている人もたくさんいるのだろうなと最近よく想像します。自分に大切な経験をくれたかけがえのない場所の大切な人々が人権を否定され、命を奪われているということはどれだけ辛いことなのでしょう。

 

また、日本でそういう経験を得られる外国出身者の方っているのかな。今のところは戦争がないから命が脅かされることはないけど、日常的な差別、抑圧(micro aggression含む)、入管センターでの人権無視がこっぴどい…。これがあるから一概に「アフガニスタンからの難民を日本で受け入れよう」と声を上げられない。

 

アフガニスタンから逃れたい人々を支援できる方法をご存じの方、教えて下さい。

 

この記事は下記のnoteからの転載です。

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書くことない理由を追求

最近のYouTubeTwitter、「オンラインサロン」とかを見ていると、自分の世界では触れることのできない情報に簡単に触れることがすごく重要視されていて、それは昔の、本しかなかった時代と変わらないのだろうけど、これだけ世の中のコンテンツが多いと競争に生き残るためにはよっぽど尖っている、珍しい、役に立つものでないと評価されないということなのだろうなと思います。

 

noteを始めたきっかけは、Instagramでエッセイ漫画を描いておられる方がnoteで有料記事を発表されたのがきっかけでした。その漫画もでしたが、今は誰でも発信者になれるけど、発信の内容が「専門家しか知らないこと」のようなものから、よりパーソナルな体験に広がっているように感じます。

 

エッセイ漫画、本当面白い。渡辺直美さんのYouTubeとか観ていても、彼女の日常を面白いトークとして発信していて、それがめちゃくちゃ面白いに尽きる。そんなに面白いことを面白く話せることが彼女の強みですよね、「鼻くそがすっげー量とれたから配信遅れた」とか。笑

 

渡辺直美さんが発信することは何も扇動していないし、だからこそ彼女の純粋に面白いし誰も傷つけないよう配慮されたトークを聞きたいファンが多いのだと思います。

 

何者かになりたい」は確かに一人ひとりが持っている願望で、それを叶える、利用するためにオンラインサロンも広がっています。「この人が言う意見なら間違いない」と、誰かに「考える」ことを委託してしまいたくなるし。そうやってネットワークビジネスとか広がるんだろうなと思います。そして人権を無視した差別発言で「この人がそう言うならその通りだ」と流されてしまう人が増えたり…。

 

まぁ何が言いたいかと言うと、最近書きたいことが結構あるのですが、何回も書き出しては消しています。私の話は全然尖ってないし、珍しくないし、役に立たないしな〜、留学行けたらその体験談は貴重な示唆を与えるものになるだろうけど、、と、書きたい気持ちがシュンっとしぼんで、ブラウザごと消しちゃいます(なのに下書きとして残っててギョッとしました)。

 

そもそもnoteで「書く」側になった(ほとんど読まれてないけど😂)のは、まず「私も、他の誰にもないような話を発信してみたい」と思ったからです。まぁここ数年はすごく内省的で、私は自分にしか詳しくないから意味ないな、という結論に至ったんですけど。(しかも自分のことを突き詰めて振り返った結果、「自分にしかないコンテンツって、性格がめっちゃ暗いことやな」との結論に至り、「全体的に暗い」という意味不明な名前になったんですけど。)

 

あとは留学を目指す過程って他の留学志望者にとって役立つものなのかなと思い、「留学行きたい」と発信することで自分にプレッシャーをかける意味もありました。まぁ私の場合は出願→合格というステップは拍子抜けでしたが、これから奨学金の獲得とビザ(コロナで難関度アップ)の話がありますので。

 

書こうとして消した内容は
・「やさしい猫」読書感想文、入管センターでボランティアした話を絡めて
・「カウラの突撃ラッパ-零戦パイロットはなぜ死んだか」読書感想文、著者の中野不二男氏を崇める話
・欧米人による吊り目イジリについて、欧米人だけじゃなくてフィリピン人も「吊り目」しぐさしてきて腹立つで、という話
・親に褒められずに育つと「褒められハングリー」にこじれて育ってしまう仮説
などなど。また気が向いたら書きまーす。

 

ところで「何者かになりたい」の著者熊代亨さんは「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて」を書かれた方で、私はこの本をきっかけにソーシャルワークに興味を持ったのかもしれないと言っても過言ではないかもしれない(わからない)という感じです。「いづらさ」って、自分が悪いんじゃないのか、もしかして「いやすさ」を追求する生き方ってアリなのかな、と思わせてもらえたという意味で。

 

※一応GAFAに対抗する意味で本のAmazonリンクは極力控えますが是非本読んでみて下さい~

 

この記事は下記のnoteからの転載です。

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大学院選びの過程

前回は「ソーシャルワークとソーシャルポリシー、どちらを学ぼう?」というテーマで投稿しました。その後、やはり手に職(専門性)が欲しい!という大学院留学の目的を思い出し、とある国の大学院3つに出願しました。

 

3つとも合格できました!やったー!

 

そのとある国(言えよって感じですよね。でもどこまで情報を公開するのか現時点では決められず…というかエージェントさんとか関係者に見られたらシンプルに恥ずかしい)では「ソーシャルワーカー認定を受けられる大学院の入学基準はIELTS7.0以上+学部で何らかの社会科学、人間科学を学んでいること」と定められており、私は「何らかの社会科学、人間科学」を学んでいないと思って、条件付き合格になるか不合格になるか、ドギマギしていたのです。

 

ところが、現地の定義では私の学部時代での履修内容でも(きっと)社会科学と見なされるようで、無事に3校とも合格をいただけたのです。

 

最初の1校は、実際お世話になったのとは別のエージェントさんから「早めに渡航して補習を受けたら合格するかも」と言われていたところ。友人が別のコースでこの大学を出ており、とてもお勧めしてくれました。

 

2校目は、自分で探していて、上述のエージェントさんでは取り扱いのないところ。世界ランキング上位で、まさかそんなところに合格できるなんて♡♡♡と空も飛べちゃうくらい名誉なこと。1校目とのランキングの差がすごい。

 

3校目は、1校目をお勧めしてくれた友人と電話した時に「2校目のカリキュラムをちゃんと見ていなかったのだけど、とても大切なソーシャルワーク関係人口に関する授業がない。。泣」と愚痴ったところ、「この大学は多様な人への配慮や実践性が高く、お勧めだよ」と推してくれたところです。ランキングは1校目と2校目の間。

 

・・・とまぁ、ランキングも気になるところですが、それぞれいいところと悪いところがあり、決めにくかったのですが、多分3校目を第一志望として、奨学金を申請します。

 

※合格はいいものの、めっちゃお金がないNPO職員なので、奨学金をもらえないと留学できないのです。

 

比較のポイント

・カリキュラム
ソーシャルワークは多様な人々と関わるもので、子ども、少数派、高齢者、などなど、多様な人口層に関する授業があることがポイント高い。2校目は重要な人口に関する授業がないのです(ということに気付かず出願してしまった)。もちろん社会政策とリサーチの授業が充実していることも条件にしました。


・クリティカルソーシャルワーク
ラディカル、AOP(Anti-oppressive Practices)など、ソーシャルワークの価値をブレさせないために原点に立ち戻り批判的な見方を以て実践するという視点。2校目にこういうリサーチ実績はなく(さすが名門エリート?)、1校目と3校目は授業で取り上げられます。

 

・ボランティアやバイトの機会
奨学金をいただけたらバイトは不要ですが、、他にソーシャルワーク留学をしている方のブログを見ていて、ボランティアで現地NPOの経験を積むということはとても重要だと思うようになりました。ただ、1校目はかなり地方部にあり、ボランティア・バイトをするには車で移動をしないといけない模様。できれば家の近くで学びも仕事も済ませたい…。

 

・学生へのサポート
留学生ですのでアカデミックライティングなどについての無料相談があるとありがたい。1校目は友人によると「あった」けど教員は「聞いたことがない」、2校目はマンモス校なのであまり手厚くない、3校目は手厚そう。

 

これらを点数化して第1志望を決めました。やはり友人からの口コミの影響力が強いです。2校目は営業スタッフの方とオンラインでお話をさせていただきましたが、「我ら名門!我らに合格を与えられし汝は名誉あることだと思え!」みたいな中身ないアピールをされて、少し不安になり、3校目への出願を決めたのでした。世界ランキングは惜しいけど、その恩恵が自分の学生生活にもたらされるとは思えない。

 

というわけで奨学金申請のために色んな論文を読み込んでいるのですがなかなか進まないので気分転換に投稿してみました!奨学金取れず留学を諦めることになったら気まずいのでnoteからはドロンするかと思います~へへ。

 

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