編(アム)

オーストラリアでソーシャルワーカーになった中年の話

セメスターブレイクのダラダラした日々とMedicalisation

1学期があっという間に終わり、残るは最後の学期です。学童の仕事はクビになるしサポートワークの仕事は全然シフトもらえないし、ということですごく暇なのにお金を稼げない辛い日々を送っています。最近はYouTubeで怪談ばかり見ています(不思議大百科、都市ボーイズチャンネル、怪異サミット座談会が好き)。

 

先週は実習面接の結果も来ず、実習に合わせた時間で働けるバイトの面接後のアップデートもなく、お金がなさ過ぎて出かける気にもならず、結構精神的に追い詰められていました。しかしカウンセリングを勉強しているハウスメイトにその悲しみを打ち明けると、「今稼げないのは辛いけど、この期間に稼げたはずの金額なんて、卒業して就職したら簡単に稼げるでしょ?それよりブレイク中の暇な時間は、就職したら二度と手に入らないプレシャスなものやから!Don't worry!」と言われ、目が覚めましたのよ(ありがとTちゃん!)。その翌日に大好きな街(フードバンクとALDI、Op Shop(寄付された物品を安くで売り、資金調達するお店)がたくさんある笑)Nambourに行って、友人が泊まる時用の布団を買い、古本屋に行きました。

 

Nambour Book Exchange

地下にあるのですが、階段手前の入口でグラサンのおじさんが椅子に座っており、一度行くのを辞めました…中で何かの取引されてるから見張ってんの?と思って笑。でも渡りたい信号がなかなか青にならず、戻ることにしました。荷物チェックのために入口にいるのかな?と思ったのですが、おじさんは外の風に当たるために出ていたようです。というのも、店内、古い物のニオイがこんもり。若者2人がマイノリティの立ち位置や学術の役割などについて熱心に話しており、そちらが気になって本のタイトルがなかなか頭に入りませんでした。

 

私は古本屋がすごく大好きで、元々欲しい物ではなく、全然視野になかったところからドカーンと目に入ってくる物に出会えるのが嬉しい。しかしオーストラリアの古本屋は古本でも結構な値段だし、ペーパーバックだからなのか気持ち悪い斑点がついているなど、結構コンディションが悪い…なので内容を知っている本の英語版があれば買おうかな、と狙いを定めて見てみました。狙ったのはLouis Sacharのもの。彼の著書『Holes』(日本語名は『穴』)はジュニア向けで、私は日本語を中学生の時、そして英語版を高校の時に読んだので、その続編が見つかるといいな、と思い探しました。だって主人公の名前がStanley Yelnats(回文)。最高!伏線ってこういうことか、ということを教えてくれた物語です。

 

しかしLouis Sacharの本は見つけられず(フィクションとノンフィクションがごっちゃになっていて見つけ出せなかったのかも)、代わりにOliver Sacksのコーナーを発見しました。彼の『The Man Who Mistook his Wife for a Hat』(日本語名は『妻を帽子とまちがえた男』)がとても面白いと感じていたのでラッキー!『Hallucinations』(日本語名『幻覚の脳科学』)、『Uncle Tungsten』(『タングステンおじさん』)、『Awakenings』(『レナードの朝』)など、複数ありました。状態がいいのはHallucinationsとAwakeningsでしたが、過去に買おうか迷ったことがあるのはAwakeningsなので、そちらを購入しました。

 

『The Man~』を読んだ感想は、「これは人間賛歌やなぁ~」でした。オリバー・サックスは脳神経科医ですが、病状を見るのではなく人間を見て、人間をadmireしている、そして彼が本の中で語る人々の興味深いこと。病気って「これは病気」とラベルを貼らなければネガティブなものにはならないんだな、社会がどう受け止めるかによって定義って変わるんやな~~と。一方で、オリバー・サックスが取り上げる人々は元々才能があり、元々素敵な人たちなのかな、とも思わされました(もしくは彼が1人1人の素晴らしさを見つける着眼点を持っていたとも思えますが)。でも世の中にはそうした「病気」があり、特に才能もなく、ただただ「病人」として扱われて人生を過ごす人たちもいるんやろうな~そういう人たちの人間性を見つけて受け止めるのがソーシャルワークやな~しみじみ、など。

 

これと関連するのが、1学期に受講したSocial Work in Health and Mental Healthでした。この授業ではJohn Germovの『Second Opinion』という本を中心に、「病気って結構社会学的に見れない?」という視点を提供するものでした。世の中は何でも病気にし、既にある不平等性をより強いものにしている、弱者をより弱くする、とか、社会経済的な影響が人々の健康状態に影響を与える、とか(Medicalisation of Inequality)。ソーシャルワーカーは病院など、健康・保健分野での実践がかなり多いので、over-medicalisationに加担しないのは大切だね、あくまでソーシャルワーカーとしてソーシャルな面を見ながら人々と接せるようにしようね、というメッセージが学期を通して共通認識となりました。

 

なので、学期終わりを祝うランチの場で350mlのスパークリングワインを飲んで酔っ払った私の状態をググったコーカソイドのクラスメイトが「それはinherited deficiency in the enzyme aldehyde dehydrogenase 2と呼ばれるそうだね」と言い出した際、「Stop pathologising Sak!!! Don't label her with a 'deficiency'! No to over-medicalisation!!!」と周りが言い返したのがおもろかったです。私からしたら、アルコールを飲んでも顔色の変わらない君たちの方が異常だよ、そっちの方が病気じゃなーい?って感じ!

 

まぁそういうわけで、『The Man~』と同じく色んな人の物語を紡ぐAwakeningsを読み進めていますが、やっぱり日本語にすればよかった…物語にたどり着く以前の時点で全然わからない。日本語では先人があらゆる単語を日本語訳してくれたし、状態や現象の名前を漢字から判断できるけど、英語になると全然わからん。同じ理由で私は実習先に病院を選びませんでした。身体の部位とか病名とかわからん過ぎる!しかし病院で実習をしたいクラスメイト間のどろどろの競争や、実習課のクソな対応(まぁこれは病院実習に限らずです)を見ていて、何で皆そんなにメディカルな方に進みたいの?と遠くから眺めていました。

 

なお、先週の終わりにかけて私は私の実習先からOKのメールが来ました。とてもハードコアで不人気な機関で、ここに至るまで実習課のせいで吹出物大爆発で髪の毛めっちゃ抜け(る気がし)ましたが、まぁ学べることは多いでしょう。また話せる内容の学びがあればここでも実習について書くかもしれません。

 

また、友人の家で寿司パーティーしましたwww ザ!ジャパニーズ!留学生!って感じで笑いました。タノシカタ。

 

ところで私たちの次の学年はソーシャルワーク大学院生は20人ほどしかいないそうです。その中で留学生は2人だけ。それで収入が減ったから実習課がポンコツなのかな?と邪推するなど。1,000時間の無償の実習を廃止してくれー!という署名も集まっているらしく、その制度廃止を待って入学しない人がいるのかな。留学生に関しては、IELTSで全ての科目7.0以上というのが結構ネックになっているのかも、と思っています。

計画色々崩れてます

有償の実習ができないことが発覚しました。

  • 学生ビザ保有者は7月1日から就労時間が24時間/週という規制の対象になります。以前は20時間/週だったのが、コロナ禍の労働者不足に対応するために無制限になっていたのでした。その規制が復活するのです。
  • そんなこと発表された数か月前から知っていたし、そのことは3月に実習課と話した時に伝えた上で、有償の実習も可能との返事をもらっていました。
  • ところが先週になって、「フルタイムで実習できないのであれば有償の実習を提供できません」と先方から実習課に連絡が入ったらしく、私は「何を今更言うてるねん」と大騒ぎ、周りの学生を巻き込んで激昂。
  • そして有償でないのであればその機関での実習は結構です~他の機関の実習をさせて下さい~と伝えているにも関わらず、我が大学の実習課、本当に仕事ができなくて、、、無償で同じ機関の実習をさせられそうな状況。

 

あーー腹立つぅ~とイライラ過ごしていたら、今度は学童のバイトがクビに。まぁなかなか上手にできなくて、いつでも辞めれますって感じだったから別にいいんですけど、学期が終わってからの書き入れ時に働けないのはイタいです。あとは、いい人ぶっていたディレクターが、クビにすると決めた瞬間からめっちゃ冷徹でアンプロフェッショナルで、その態度の変化にドン引きして心がやられています。

 

※一応、いつでもクビにできる雇用形態(Casual)なので、特に問題はありませんし問題を起こしたわけでもありません。無計画に人を雇用して、少しでも能力がないと判断された人はどんどんクビにする方針らしいので、他にも何人か突然クビ宣告を受けた子たちがいて、戦慄ものです~。

 

というわけで、実習先も決まらないし、実習が無償ということは何かしら新しいバイトを見つけないといけないけど、卒業目前でそんな都合いい仕事見つかるか?という懸念もあります。

 

上手くいかないものですね。来週締切の課題が3つあるのですが、お金の心配が続いているので、身が入りません~。

2年目1学期も半ばに

ついこないだまで学校が始まるのが楽しみなヒマな日々だったのですが、すっかり1学期も半ばに突入し、ドタバタしております。

 

授業の課題が色々重なり、その結果もボチボチ出て来て苦しみ、仕事3つでイースターにわりかし稼げてうれぴ、クラスメイトとの結束が深まりつつあり幸せ。

 

課題について。とある授業の課題について先生に事前に相談をしていて、ドラフトを見せろと言われ、見せたところ「これはDistinction(75%以上)、よく頑張った」との評価をいただきました。そして安心して提出したら、Credit(Distinctionより下)でした…!大騒ぎして先生に連絡をし、何とかDistinctionに上げてもらいました。こんなことあるんや。笑 できれば静かに暮らしたいのだけど、今回は先生のミスですよね。先生は採点者ではないのに、勝手に評価を出してしまったので。その責任を取ってもらいました。笑

 

上記の課題の結果が出てから何だか気分が落ち込み、その追い詰められ具合が周りにバレてしまい(ニコニコ過ごしたいのだけどーー)、私を元気づけようと思ってくれたクラスメイトがこっそりチョコレートをたくさん買ってきて私のかばんの横に置いて去っていきました。置かれていたところを目撃した1人の証言により、あまり話したことがないアイルランド人のクラスメイトの仕業とわかりました。私のアイルランドアクセントの免疫がなく、いつも何言ってるかわからないので避けててごめんね。ええ奴や。翌日「ありがとうね、元気出たよ」とハグをした後に「I am a ホガー、だけど日本ではあまりホグはしないと聞いたから、嫌だったら遠慮なく言ってね」と言われ、ホグって何やし?と思ったらハグでしたwww

 

次学期にある実習に関して、実習担当課の人たちの働きに不信感が芽生えています。あまり希望が通らないし、もしかしてそれって、実習担当課の能力が低いからじゃないの?と疑い出す学生たち。実習担当課の対応によって「自分たち学生はこの大学には守られていないな」と思わされることもあります。私はヒガモ(被害妄想)性質だし、外国人であることも相まって「あいつら~、私なんかどうせ外国人やし、どうでもいいから遠くに飛ばしてやろうという魂胆が見え見えやで~」と元気に妄想に精を出しています。

 

500時間の実習と3つの仕事掛け持ちは24時間では足りないので、有償の実習を希望しています。そうするとサンシャインコーストから離れることになるのですが、それはそれで楽しいかも(でも上述の、飛ばされそうになった先は本当にめっちゃ遠い。その街ではインターネットも電波も弱いという情報を得たので、日本と連絡を取る必要のある私はちょっと無理)。海の近くやといいなぁ、そしていつも愚痴り合っているクラスメイトと近くにいたいなと思い、病院希望の彼女に「同じ街に病院があるからそこで一緒に住もうよ」と誘っています。笑 彼女も病院の実習で有償だったら是非サンシャインコーストから出て行きたい、と言っています。

 

どうなることやら。チョコ食べ過ぎて内臓全部が砂糖に侵されている気がするけど、これは幸せの浸食。

 

あ、追記。

 

私がオーストラリアに入国し大学院を始めたタイミングでは、ワーキングホリデービザと学生ビザの申請料を返金してもらえるという政策が発表されました(コロナ禍で人手不足になったので、国外から人を招きたいという動機みたいです)。それはオーストラリア入国直後に申請していたのですが、、、何と、今まで何の音沙汰もなく。数週間前にやっと連絡が入り、追加書類を求められたのですが、それに対応した翌日に「昨日の追加書類の連絡は、間違いでっしたー★」というメールが来る始末。どこに委託してるねんオーストラリア外務省、、、

 

その後、シェアメイト(同じく留学生で同じ時期に入国)にはなかった連絡が私に入りました。何と、PayPalでビザ申請料を支払ったため、支払人の名義が漢字になっており、イミグレ側での領収システムにおいて##という表示になっているから「あなたが支払った証拠になりまっせーん★」とのこと!!!やっべー!何でPayPalなんて使ってしまったんだー!

 

ということでPayPalの支払記録(支払人の名前が表示されない設計。意味ねえ笑)、クレジットカードの引き落とし明細、PayPal支払時に来るメールをPDFにして送りました。それぞれの取引番号や請求書番号などの番号が全然一致しない不思議。ともあれさらに数週間後に、1年2か月ほど経ったタイミングで申請料が返金されました。ホクホク

 

シェアメイトはまだ返金を受け取っていません。何故私だけ?の仮説ですが(そしてもっと早く受け取った人もたくさんいると思いますが)、最初の「支払者名が確認できません」のメールに、何と全然知らない別の州の別の大学に行っている別の国の別の人の領収書が添付されていたのです・・・え、手動でメール送ってるの?添付ファイル間違ってるよ?ということで、自分の領収書も誰かの手元に行っているのか…ガク…ということで「これは深刻な個人情報の流出だと考える」と返事にて言ってやりました。それの口止め料じゃね?とシェアメイトと言っていたのでしたー。

 

他に同じ状況で返金がない人、上記の追加書類でいけるかもしれませんよー。責任は取りませんが。

2年目1学期の様子

何とか3つの仕事をしながら授業、という生活リズムに慣れつつ(2つのバイトはシフトがバラバラなのでリズムもくそもないんですけどね)、もうWeek 4を迎えつつあります。課題もちょこちょこ出て来ています。

 

今学期の授業の内容を残そうと思います。1年目1学期の様子はこちら

 

ディレクトラクティス②」は①と同じく、実習と卒業の前にソーシャルワーカーの卵を育てるための演習です。直接的な練習・実践、という位置づけ。1年目のディレクトラクティスは13週間授業がありましたが、こちらはオリエンテーションウィークに3日間のワークショップをした後、オンライン上のビデオやリーディングで自主学習を進めるという形です。内容は、ケースノートの書き進め方やアセスメント、インタビュースキルなどについて、セオリーを実践につなげるものです。13週みっちりやってくれてもいいいんだよ…?このままやったら、卒業までにインタビューとか私できへんよ…?という感じ。

 

ソーシャルワークとヘルス・メンタルヘルス」は社会学的な視点で心身の保健を見るというものです。これまであまり真剣に考えてこなかったのですが(そしてそれってすごくラッキーなこと)、お医者さんが言うことが100%正しいわけではないという視点もあるのだな、と毎回新たな考え方に感心をしています。治療で不調を治そうとしても、その病をつくった社会の問題に視点を向けないと、社会全体での健康は得られない、と。例えば貧困家庭に生まれ育ったディスアドバンテージはその後の生涯にわたって影響を及ぼすというデータがあるそうです(低体重で生まれるのと、教育年数・収入などには相関性があると)。それが食生活やドラッグの使用にもつながるし、自分の選択だけではどうにもならない状況により心の調子が悪くなることもあります。スティグマや差別、抑圧などともつなげて見ることができ、本当に勉強になります。

 

「社会政策とアドボカシー」は、私がサンシャインコースト大学に入った理由の1つです。ここで述べた通り、ソーシャルワーク大学院を選ぶ際に社会政策は絶対要る!という視点でカリキュラムを見たのです。結構実践寄りで、アドボカシーをするために政策をどう読み解くのか?というワークショップが続いていて面白いです。先生が「in other words」を連発していて、結局つまりすなわち何なの?ってなっている。

 

「子どもと若者、家族とのソーシャルワーク」は、ファミリーソーシャルワークについて。結構上澄みをさらーーっと流しながらWeek 4まで来た感じです。もうクラスメイト達が自分らのトラウマを持ち込んで盛り上がって、す、すごい…。ええねんけど。このクラスであなたの傷が少しでも癒えるといいね…。ちなみに「ディレクトラクティス②」と同じコーディネーターが担当しているので、2つがつながっていて面白いです。

 

 

私の周りは結構1回目の実習で傷ついてしまっており、この勢いの1学期に2学期の実習のことを色々決めるのが難しいと感じているようです。確かに、長い休み期間に決められたらどれだけ気が楽だったか。私はビザの関係で別の州に行きたいなと思っているのですが、これまでの大学の実習課の対応を見てきて、あんまり冒険はできなさそうやなと思っています。

 

オーストラリアソーシャルワーク大学院2年目ダー!

あんまりオーストラリア大学院とかソーシャルワークとかを打ち出すと夫にブログの存在がバレそうでアレなんですけど…(いやバレてもいいんですけど、見られてると思うと内容が少し変わるかも)。過去にオーストラリア入国に関する情報を検索していた夫からLINEが届いて「さくちゃん見つけた♡」という言葉とともに私のTwitterプロフィールのスクショが送られてきた時には都市伝説のメリーさん並みの恐怖を感じましたよ、そしてブロックしました。笑

 

そんなTwitterも止めてしまって、入ってくる情報が格段に減った…けどそれでよい!何故なら大学が始まったのですよ!

 

そして、2年目開始を契機として仕事を3つやることになり、スケジュール管理にてんやわんやです。例えば固定時間のはずの仕事でイレギュラーな時間にミーティングが入ったり、急なシフトが入ったり。

 

1つは前からやっていたもので、その時間を半分くらいに減らした分、新しい仕事を探しました。1月半ばに日本帰国→第三国出張を経てオーストラリアに戻ったその日に車で駅から送迎してくれた、大学院の先輩のZさんが車の中で紹介してくれたのが2つ目の、サポートワーカーの仕事。Zさん曰く「1シフト2~3時間で、高齢者の方の話し相手になったり家事の手伝いをしたり、超~~~チル!やりたければ受ければいいし、やりたくなければ断ったらいいよ」とのこと。さらに、前の仕事で自分はソーシャルワーカーになれるのか?と落ち込んでいた私に対して「あんたが今必要なのは、ケアの経験を少しずつ積んで自信を取り戻すことでしょう」と言ってくれました。

 

(しかしいざ入職すると、シフトを断った時に必ず鬼電が来て叱られることが発覚…きっとZさんは電話履歴が残っていても出ないし、叱られても何とも思わない強い心を持っているのでしょう…ていうか無理って伝えた日にシフト入れてくるし、めちゃくちゃや~)

 

この仕事は、毎週同じ利用者のお家に行くなどの定期的なシフトもあれば、病院に行く時の足が必要な利用者に同行するなどの不定期なシフトもあり、なかなか思っていたほど収入が安定しませんでした。雇用主もサンシャインコーストではマーケット開拓中で、「少しずつ利用者と関係を築けばもっと増えると思う」と言うものの、待てないぞ!ということでもう1つ仕事を探しました。

 

それが3つ目の仕事、OSHC(Out of School Hours Care)=学童です。たまたまOSHCの募集が多い時期に求人情報を見たのですが、私は隣町の学校だけのためにある学童がこじんまりしていたよさそうだなと思い、そこだけ応募しました。大きな会社が運営しているものも見かけたのですが、何かネオリベを感じる(笑)し、小さなチームで働きたいと思ったのです。まさか受かると思っていなかったのですが、たまたま文化教育を強化したいというタイミングだったらしいのと、結構離職率が高く(学生バイトに頼っているので学期が変わると減る)、資格(教育や福祉関係を学んでいる、学んだことがあることが大事らしい)のある人なら誰でも受かる感じでしたよ!

 

ちなみにOSHCはOverseas Student Health Coverの略でもあります。

 

こじんまりと言っても、対象の児童は150人にも至り、結構ドタバタした仕事です。無線機を使ってコミュニケーションを取るので、英語がよくわからない私には地獄です。いつもわけがわかってなくて「ごめん」を言いまくる30代半ばのおばさん among other young workers who are in their 20's な私。ていうか児童の顔が全員同じ(ごめん)。毎日クビに怯えていますが、さすがこじんまりチーム、優しく見守ってくれています。あと、何もできなさ過ぎてほうきで掃除とかをしているところをディレクターが見ていてえらく感心され、べた褒めされました。「暇があったら裏でだべるタイプと、少しの時間でできることを見つけて動ける人がいる」と、お給料分何かしないと気が済まない(けどできることが極端に少ないw)気質でよかった~ん。

 

大学院での難しいジャーゴン(専門用語)も大変ですが、学校でキッズが使う言葉も難しいですね。皆さん、「鬼ごっこ」と「アイスの棒」を英語で何て言うか知っていますか?鬼ごっこはtag/tiggy、アイス棒はpaddle pop sticksです。後者全然言えない。。

 

私はワーホリ時代にはろくな仕事に就けなかったのですが(すごく稼げるオフィスバイトに奇跡的にありついたこともあったのですが、1か月でクビに。理由:「人雇い過ぎたから明日から来ないで」!!)、学生という安定したビザ保持者であることや、関連した分野に応募していること、圧倒的人手不足により、割とサクサクと仕事が決まったな~という印象です。まぁ1つ目の辛いサポートワークにありつくまではなかなか決まらなかったのですが、1か月しかやっていないその仕事のお陰で「経験者」として見なされているのでしょうか?

 

学業についてはまたそのうち様子を窺って投稿したいと思います。

オーストラリアに来て初めてのゆっくりな日々

前回11月末に投稿していたので2か月ぶりですね。

 

近況としては、結局せっかくゲットしたサポートワーカーの仕事を辞め、日本に一時帰国し、第三国出張を経てオーストラリアに帰ってきて、かなりゆっくり過ごせています。気が向くまま読書して、眠くなったら昼寝して~って最高!

 

サポートワーカーは、前回の投稿の後にもっと疲れる案件に出会い、またその後の雇用主の対応に「それはないっしょ」と思わされることが多く、自分を守るために(間接的にはキッズのことも守るために)辞めることにしました。自分としては社会で最も脆弱な立場に押しのけられているキッズの最後の砦のような場所での仕事に意味を見出していましたが、何か・・・心と身体が受け付けなかったです。24時間シフト中食欲ゼロ、日本の家族の平和なLINEの会話を見て泣く(キッズの現状とこの平和さが同じ世界に存在することを理解できなくて頭が混乱)、その後のスーパービジョンで「君が外国人だからキッズをトリガーしたんじゃないの?」と言われる、「しばらくこの子たちの担当は避けさせて欲しい」と伝えたのに嘘をついてまでシフト入れられる、など。

 

あとはキッズとの仕事だと教育的なスキルも必要で、「これは手伝うけどそれは自分でやって」といったバウンダリーを築くのが非常に難しかったです。他のサポートワーカーが何でもやってあげる人だった場合、私だけ急に線を引くとキッズは当惑しますよね。何かその辺の、ワーカー同士でチームとしてやるぞー!っていう感じもなく、とにかく児童保護や障がい者支援の補助金需給要件として人を配置しないといけないからシフト入れる感が、ちょっと私には…「他にできる人いるならその人たちにお願いしましょ!私はやめときまーす!」という感想でした。まぁそうやって人の出入りが激しいからその雇用者はいつも人材募集しているし、私もすぐ雇ってもらえたんですけど。

 

実働は1か月くらいでしたが、色んなトレーニングを受けさせてくれて、お金もたくさん稼がせてくれて、感謝はしています。

 

しかし、トラウマに影響を受けたキッズに自分がtraumatiseされ、自分のへなちょこ具合と、彼らに向けた愛の枯渇に結構困っています。愛っていうか、愛さなくていいのですが、「私をtraumatiseしてくる現状を乗り越えた先に自分が信じる正義があるから頑張るチカラ」というか。ソーシャルワークは学問として正しいことを言っているしめちゃくちゃワクワクするのですが、それを実践するチカラは自分にあるのか?と疑います。

 

卒業後に私はソーシャルワーカーになれるのだろうか。もう永住権目指さずに、適当に関係ない仕事で数年働いてお金を貯めて、夫が待つ日本に帰ってしまおうか、とまで思っています。何というか、あのキッズたちを生み出したオーストラリア社会にそこまでコミットできないというか。どこの社会でもトラウマの影響を受けたキッズはいると思うのですが、そんなキッズが私のようなサポートワーカーと住むっていう不正義にもイラつくし。笑 究極には、ソーシャルワークという自分の使命とこんなにも合致する学問を高い学費払って勉強しておきながら、自分のハートにはその実践を抱えるキャパがないという現実に向き合いながらオーストラリアにいるのもしんどい。

 

2年目に入ったら次の実習に向けた話が始まるので、その時にその後の就職を視野に入れるのか、心がワクワクするけど就職先はなさそうなところにするのか、きっと前者にするのですが、ヒマな間に色々考えたいと思います。

トラウマを抱えたキッズと働いて

無事にサポートワーカーの仕事が始まり、数回シフトに入りました。

 

昨日、複雑な環境で育ちトラウマを抱えるであろう兄妹の担当になり、壮絶な数時間を過ごしました。放送禁止用語、人種差別でずーーーっと罵られ、食べかすやら何やら投げつけられ、叩かれ、おもちゃの銃で撃たれ。

 

これが感情のエスカレーションによるものならわかるのですが、本当に私といる間(妹だけといる時は罵られなかったから、兄妹でトリガーし合っている様子)ずっとなので、そういうコミュニケーションを取る子たちなのでしょう。コーカサス系の他のワーカーによると「あの子たちは人種差別者」と言っていたので、相手を選んで言動や行動を決めて、最弱そうなアジア人の私をターゲットにする判断力もあるのかも。ずっとエスカレーションしていた可能性もあるけど…。

 

ソーシャルワークを学べば学ぶほど自分の権利や自分を大切にすることに敏感になってきたので、こういう、パーティシパント(クライエントの別の言い方)からの虐待も「耐えうることではない」と思ってしまいますね。普段の人間関係では「あの人は私を大事にしてくれないから関係を切ろう」と行動に移せるけど、仕事だとそう考えることはプロフェッショナルではないのか。また、家庭にいられない事情を抱えるキッズを預かる準家庭を提供すべき仕事先では、関係を築き「それはだめだよ」と辛抱強く伝えることが任務なのかもしれない、でもこんな扱いを受けて関係確立なんてできるのか?-だから彼らの私への虐待が人種差別なのかどうかは結構重要で、もしそうなのであればコーカサス系の人を配置すればいいのですが。

 

私も随分疲れてしまって、二度と彼らの担当になりたくないと思うものの、「周りを傷つけて自分の欲しいものを手に入れる」という彼らのアプローチを是とするようで、そうさせたくない気持ちもある。いや、そんなことどうでもいいくらいしんどいわ。笑

 

トラウマを抱えていると感情コントロールが難しいということは理解していたものの、感情コントロールの問題ではなく、相手に敬意をもって接するということを誰にも教えてもらえなかったのだろうなという感想です。だから「トラウマを抱えたキッズと働いて」というタイトルはおかしいかもしれないけど、トラウマの原因と、他者との関係づくりというのはバッチバチに関係していて。誰かに大切にされ、その誰かが「それはいけないことだよ」と教えてくれるということが人間としての基本なのだなと思わされました。そこに「差別はいけないよ」などの色んな知恵が重なっていくというのが人間として生きるということなのだと私は思うのですが、それっていわゆる「教養」のような扱いで、その「教養」までたどり着けない子たちがこの世にいるという現実をまざまざと目撃した気分です。そして、正義という最大級の「教養」を学ぶのがソーシャルワーク(個人の意見です)であり、その教養が通用しない人たちを相手にするのもソーシャルワーク(またはヒューマンサービス:福祉?)なのか?と悶々しており、頭の整理が必要だなと思います。この子たちが難しい状況で育てられてきた被害者であることは間違いなく、社会正義を追求するソーシャルワーカーとしてはそうした状況を生み出さないことが任務であり、彼らが同じような被害者を生み出さないためには仕事先のような福祉サービスが辛抱強く彼らと関係を築き「教養」を伝えることが必要と。これは実習時のテーマでもあったけど、ソーシャルワークが社会を見る一方、福祉は人間を見ていて、でも福祉のプロって何?

 

仕事先は重要な仕事をしていて、大きな組織なので色々体系的に整備されていて学べるのかなぁと思っていたのですが、全然そうではなく。とにかく人が足りず、数時間後に施設に配置される人も見つからず、私のような新人にも声が掛かるような状況です。でも仕事先は色んな養育の最終手段でもあり、この仕事先がなくなったら「キッズには行き先がない」という話も耳にしました。それにしてはスタッフへのサポートはなく、マネージャーは土日には連絡がつかず、まさに荒波に揉まれるうちに成長していくスタイルのようです…。今回のキッズの家もめちゃくちゃ汚く散らかっていて、またサポートワーカー同士のメモには数日前に「兄の方が掃除を完了するまでテレビのリモコンを渡さないように」と書いてあったのに、私が引継ぎを受けた時点でそのメモは完全無視され、兄はテレビ漬けでした。関わるワーカーが統一されない(まぁキッズが嫌いなワーカーを追い出すからというのもあるけど)のも問題ですね。

 

あー何か全然考えがまとまらないのですがこの話を誰かとしたかったので、ここに残します!(話し相手がいない笑)